カテゴリ:子ども・教育
岩手県出身で高校時代に地元の「水」をテーマに探究活動を経験した船野杏友(あゆ)さん。探究学習の学びを伝えるコンテストの全国大会で最高賞を受賞しながら、自分の中で抱えていた悩みもありました。それを乗り越えた先の進路選択は「教育」。高校時代の探究活動が、大学生の未来にどうつながったのか、お話を聞きました。
◆取り組みのきっかけ
小学校のころから、化学実験が好きでした。例えば「リトマス紙」の色が変わる様子など、目には見えないところで何かが起こっていて、それを目で見られるところに魅力を感じていました。
高校1年生の時、探究活動を行うことになり、私は化学の実験で何かできないかと考えていました。私の家では、水道水ではなく地下水(井戸水)を飲んでいたのですが、そのことが珍しいね、と先生に言われたことをきっかけに、まずは地元の岩手県大船渡市の湧水のサンプリングを行い、イオン成分を比較しました。
◆どんな取り組みをしているか
水質調査を行う時には、企業の設備をお借りしました。また、成分を比較するために市販のミネラルウォーターの「いろはす」と「エビアン」の成分も調べました。
すると、大船渡市の水は加工しやすい「軟水」ということに加えて、自宅で飲んでいた地下水の成分が「いろはす」に似ていることもわかりました。
「家の蛇口からいろはすが出てくる!?」
家で日常使う地下水と 「いろはす」 の成分がよく似ていたというまさかの結果に、 好奇心と探究心が止まりませんでした。確かに「いろはす」の採水地の一つは、岩手県の花巻市であり、水質が近くなる可能性もあると感じました。
この水資源の素晴らしさを、地域に何か生かせないか?ということを考えました。そこで注目したのが「柿」でした。大船渡市には「小枝柿」という柿があり、収穫した柿を乾燥させて「ころ柿(干し柿)」を作っていました。しかしこの「ころ柿」も地域住民の高齢化で次第に作られなくなり、カラスやサルが柿を食べてしまうという鳥獣被害も引き起こしていることを知りました。
そこで取り組んだのが水に果物などで味をつけたニアウォーター(フレーバーウォーター)を作ることです。大学などにも協力を依頼し、柿味ニアウォーターづくりをすすめていきました。 思い通りの結果にならないことばかりでしたが、私の探究の熱は冷えるどころか熱くなるばかり。失敗を逆手に取り、 知恵を出しながら別のアプローチで方向転換していくのが楽しかったです。目に見えない反応を、化学の力で解明し、頭の中でイメージ図を描けた時、『これが「学び」か!』、知らなかったことを分かることが楽しいと初めて思えた瞬間でした。
そんな中、担任の先生から全国高校生マイプロジェクトアワード(マイプロ)を紹介してもらい、思い切って出場し、結果、最高賞である文部科学大臣賞を受賞することができました。自分の探究活動について自信を持って目を輝かせながら話している素敵な同志にたくさん出会うことができ、外の世界で活動する楽しさを知ったことで海外留学プログラムやビジネスプランコンテストにも進んで参加するようになりました。
探究活動から得た学び
なぜ、探究的な学びは、こんなにも人を動かすのか。それは、探究から得られる学びが単なる 「知識」の束ではなく、「経験」の集合体だからだと思います。学校の化学の授業で習う知識より、たった1日、大学での実験をした経験は鮮明に覚えています。経験は「自分ごと」となるため、 経験知として蓄えられていくのだと身をもって感じました。
イギリスの政治思想家、ジョン・ロックの言葉にこんな言葉があります。
「いかなる人間の知識も、その人の経験を超えるものではない」。
その言葉通り、探究はオンリーワンの経験知を与えてくれるのです。探究こそが真の学びであり、これからの社会でダイレクトに通用する力を養ってくれると思うのです。
探究の経験を卒業後の進路につなげる
2年生の終わりまでこの探究を続けましたが、受験が重なったことやニアウォーター商品化の限界を感じ、大学の進学先を考える段階になりました。当時周りからは「科学者になりなよ!」「農学部とかも面白いかもね」と言われるようになり、理系の道に進むのかなと半分流されながら進路を考えるようになっていきました。しかし、いざ進路希望調査の書類を目の前にするとその道に進むことに違和感を持っていました。
「本当に自分は研究者として生きていくのか」、
「もっと他に納得できる選択肢があるのではないか」。
3年生の夏まで私の進路は決まりませんでした。今思えば、自分の好きなことが一周回ってわからなくなってしまっていたと思います。そこでちょっと視点を変えて、「自分の好きなことは何だろう」から「これからの社会に還元できる自分の経験は何だろう」と考えてみることに。すると、あんなに迷っていたのに答えはすぐに出てきました。
「教育で過去の自分を救いたい」
私の探究活動は上手くいっているように見えて実は苦しいこともありました。今はそんなこともないと思いますが、「社会に対して活動することはかっこ悪い」、「優等生じゃん」と言われることがありました。企業さんと関わり、外での活動は楽しかったですが、学校の中では友達の目を気にして自分の探究について話すことはできませんでした。もし私と同じ思いをしている高校生がいるのなら、その子の力になりたい。そして、高校生が輝いている姿を見て、過去の苦しかった経験、楽しかった経験、すべてひっくるめて大切な経験だと思うことができます。
また、マイプロの受賞を機に、 全国の先生方の前で 「探究とは何か」 を発表する場をいただき、 「探究をやる意味を教えてほしい」、「探究のやり方を教えてほしい」、 「ワークシートを見せてほしい」 など探究型の学びに対して先生方から質問をたくさんいただいた経験もこの決断につながっています。
そもそも探究に答えはないので先生方も生徒もわからなくていいんです。一緒にふつふつと湧いてくる学びを面白がることで十分だと考えていました。自分にはまだノウハウも知識もないので教育を根本的に変えていくことは難しいのではという思いもありましたが、探究を経験してきた私だからこそ、変えていかなければと思うようになりました。
私はSFC(慶應義塾大学総合政策学部)を受験することを決め、AO入試で合格をしました。
今はマイプロジェクトアワードにも関わっている鈴木寛教授のもとで高校生の探究活動支援などを行いながら、日々、自分なりの伴走者としてのあり方を模索しています。
◆未来へ向けて・高校生へのメッセージ
残り少ない大学生活の中で、教育のどの段階に関わりたいのかを模索していきたいと思っています。現場で実践する、仕組みを整えるなど、どこに関わっているのが好きなのか、自分の「こだわり」を見つけたいです。いつか学校を建てたいなあとひそかな野望も抱いています。
高校生の皆さんへのアドバイスとしては、高校生のうちに「自分を知る」ことをしてほしいと思っています。ニアウォーターづくりをしたことで化学反応にワクワクする自分、真の学びに気づいたこと、過去の自分や同じような経験をした高校生を救いたいことに気づくことができました。
ただ、自分が何者なのか、答えが出なくてもいいんです。向き合うことに価値があると思っています。自分は何が好きで、何が嫌いなのか。傾向が見えるだけでもこれからの人生の決断の道標になってくれると思います。
あなたが「探究学習」を通じて学んでみたいことはどんなことですか?理由と一緒に考えてみよう。
カテゴリ:子ども・教育
◆おすすめの本
「君の膵臓をたべたい」(住野よる)
ベストセラーとなった青春小説。言葉が洗練されていてとっても美しい。
写真提供=船野さん